ことば・めっせーじ 資料・校正協力/雪割草


豊川さんが書いた短い文章を集めてみました
雑誌のエッセー、書籍の帯、彼の言葉は何時もキラキラしています

途方もなく巨大な虚無の中に立っていた。その中ではなす術もなく、ひざまづき許しを乞うこともできない。人々の目はいつも自分を通り越し、その向こう側の世界を視つめている。無数のテレビジョン。乱数表のような言語の羅列。二時間単位で入れ替わる太陽と雨雲。背中にナンバーを刻まれた子供達。半分溶けかかった月。いつか聞いた両親の声はコンピュータ音声のような合成された響きと化す。血の流れを感じることができるのは、唯一弟の肉体のみ。得る喜びより、失う悲しみを想う日々。数々の戦いは常に己れとの戦いであり、それは守る為のものではなく、忘れる為のものだ。そして彼の最大の不幸は、忘れさるべき記憶を持たないことだ。故に彼は人生を進めることができない。彼はいつまでも虚無の中に立ちすくむ。
霧原直人とはそういう男だ。
  ・・・93.7.21. サントラCD NIGHT HEAD   

まだ見ぬHALへ。君がこの物語を手にする時、この本のページは手垢にまみれ、太古の恐竜の夢さながら、時代遅れのロマンと化しているかもしれない。或はウルトラマンやサンダーバードの様に、懐かしくも哀しみに満ちた寓話と感じるかもしれない。だが僕は信じている。世紀末に生まれた子供達は、この物語の中に花を視る事を。風や匂いがその中にある事を。ページをめくるうちに、それらはとても自然に流れ、君達の中にある風景を呼び覚ますだろう。まだ君が君がある前の何かであった頃、生暖かく湿った暗い洞穴で何百日もじっとしていた君は、実はもうひとつの人生を送っていたのだ。陽が降り、雲が湧き、雨や雪が目の前を渡る。幾つもの感情が全身をつらぬく。今と何ら変わらぬ感覚が視つめていた風景。ただひとつ現実と違うのは、その風景の中には君一人しかいない。君はとても孤独だ。何故なら、それは祝福される前の人生だからだ。この兄弟の物語はそんな君の物語なのだ
                              ---------------------/豊川悦司  

・・・94.3.4.小説NIGHT HEAD2卷函    

 岩井作品にはまっている人々は  
 遊びを覚えたての  
 子猫の様だ。  
 フレームという名のトイレにまぎれ込み、  
 その爪をたて、  
 トイレットペーパーを引き出し続ける子猫。  
 永遠に続くかの様な  
 たわいのない遊びの中で、  
 彼は自分を見失い、  
 無垢なほど、  
 純白なペーパーの中に浮かび上る  
 虚と真を  
 視つめることになる。  
 まるで  
 ペラペラマンガのように紡ぎ出されるストーリー。  
 遊んでいるのは彼ではなくて、  
 ペーパーが彼を使って遊び始めている。  
 彼の作品は  
 いわばとても素敵なドラッグだ。  
                              
豊川悦司  
 8 OCT.1994  

・・・94.11.2.TVぴあ−岩井監督へのメッセージ 

「安田成美のような人。」

五月が似合う人。
思い出を上手にしまえる人。
事実の、その向こう側が視える人。
歯ぐきを見せて笑う人。
息子には勇気を、娘には優しさを与えられる人。
土の香りがする人。
その体に流れる血がとても赤い人。
空気を味方にできる人。
バレエのプリエのような立ち方をする人。
陶器の青白さをもつ肌に包まれた人。
嘘のない人。
嘘をつきたくない人。
人妻じゃなかったら奪いたい人。
人妻であっても愛していたい人。
春も夏も秋も冬も裸のような人。
ひまわりよりも丸い人。
ウニよりもとげとげしい人。
その中身のようにまろやかな人。
何を視ているのか知りたくなるような瞳をもつ人。
迷ってる人。
少しだけ自分をごまかそうとする人。
捨て身になっても投げやりにならない人。
きっと料理があまりできない人。
そんな料理をおいしいと食べてくれる人に愛される人。
ぺたんこの靴が似合う人。
前からよりも、後ろから抱きしめたくなる人。
すり合わせるとほのかに香る匂いガラスのような人。

・・・95.4.7. anan   

岩井作品を見るということは、カオスとセックスするようなものです。僕の立場から言えば、演じても演じなくても同等のカタルシスがそこにはあるのです。

・・・96.6.21 岩井俊二の"魅せる"世界 ザテレビジョン   

「…といると」

岩井俊二ともう4年になる。
岩井俊二といるとすごく酒を飲む。
岩井俊二といるとすごくお喋りになる。
岩井俊二といると関西弁になる。
岩井俊二といるとプライベートでも仕事でも眠れない。
岩井俊二といるとすごく疲れる。
岩井俊二といると前日の疲れも吹き飛んでしまう。
岩井俊二といると兄貴と一緒にいるような気になる。
岩井俊二といると時々父親にさえ思えることがある。
岩井俊二といると映画が観たくなる。
岩井俊二といると映画に出たくなる。
岩井俊二といると俺はもっと役者をやりたいんだと思う。
岩井俊二といるとなんか役書いてと言ってしまう。
岩井俊二といると演技をこえた自分になることがある。
岩井俊二といるともれなく素敵な女優さんがついてくる。
岩井俊二といると一人じゃ照れくさくてかけられない電話がかけれちゃったりする。
岩井俊二といると子供の頃をすごく想う。
岩井俊二といると子供みたいに笑える。
岩井俊二といると傷だらけのフィルムが一篇の詩に生まれ変わる瞬間を目撃したりできる。
岩井俊二といるとたくさんの魔法に出会う。
岩井俊二といると岩井俊二に会いたくなる。

・・・97.春号 Prints21  

「多襄丸の現在」

どの角度からどう切り取ってみても、多襄丸のような男など存在しない。まして僕の体を借りて表現された多襄丸などは、現代人の目からみれば、「戯画(マンガ)」である。ところが記号化された都市に生きる人々は、そのデジタルなリズムの中でとり憑かれたかの如く、夢を見つけようとしているようだ。流行の「たまごっち」などはまさにその一例である。であれば、ピクセルで構成された「夢」よりも、映画というアナログな枠の中で、曲線のみで造形されている多襄丸の方が、むしろ現代的と言えるのではないか。演技的な欠点も含めた上で言わせてもらえば、僕の「MISTY」における仕事は、その一点を体現することだった。
・・・97.3.15〜26 渋谷PARCO  ミスティ・ミュージアム  


土井裕泰の世界−証言

春にあなたと再会し、
夏を共にどっぷりと過ごし、
秋は北から南から旅し、
冬には真夏を想わせる異国にいた。
パラソルの影で
小さなブラウン管を視つめ、
ホテルの小机で
ささやかなビールを飲み干し、
CDを聴き、
少しだけ自分たちのことを語り合った。
眠い目をこじあけ、
降る星空に未来を捜すかのように
流れ星を追い、
同じ場所に幾度も通って、
幻に似た一瞬を
フレームの中に収めた。
あなたと過ごす時間は
いつも疲れる幸福で満たされていて、
そしていつ訪れるやもしれぬ再会を
待つ別れとなる。
同時代を生きる演出家と俳優として、
ここでこんな風に語れる分だけ、
僕はあなたに友情を思う。

・・・98.8.5. TVぴあ   

S・E・N・S・のCD「MOVEMENTO」へのメッセージ

コップ一杯の水に/塩をひとつまみ溶かす/
S・E・N・S・のCDを回す/
目を閉じて 少しなめてみる/
僕は海の中にいる/
窓から迷い込んできた葉っぱを/半分にちぎる/
S・E・N・S・のCDを回す/
目を閉じて 少し嗅いでみる/
僕は森の中にいる/
ただ/S・E・N・S・のCDを回す/
目を閉じる/僕はあらゆる感情の中にいる

・・・99.5.6. デイリースポーツ  

Aricoさんのピアノは華美に潜む虚無である。

・・・99.11.20.「千年旅人」サントラCD 

この物語の少年達よ。
かつては、藤沢も僕も
そんな目をしていたのだ。
水晶の様で、鉛の様な目を。

   ・・・00 藤沢周「奇蹟のようなこと」帯  

そこには様々な音が群れていた。血の滾る音、針が落ちる音、まばたきをする音、風が休む音、神経が凍える音、骨を断つ音、寄りかかる肩の音、行く先も無く彷徨う音、女が啜り泣く音、革靴が地を蹴る音、幾本の弦が空を切り裂く音、少年の汗が滴り落ちる音、痛みを噛み締める音、男が休息を願う音、金属の塊が弾ける音、命が止まる音、魂の中から別の魂が首をもたげる音、愛すべき音、愛など語らない音、おかあちゃん、という名の音、男と男が向き合う音、男と女が擦れる音、、、。感情の悲鳴にも似た音達が群れた音楽。布袋寅泰がこの映画に捧げてくれた音楽だった。撮影中に布袋が渡してくれた一本のデモテープ。映画を撮っている間、それは私のモチベーションとなり、私は常にその曲を反芻していた。布袋の音楽がなかったら、私が演じた門谷という男もまた存在しなかった。映画が終わり、改めてその音楽だけを耳にすると、私の中で、幾つもの沸点をもつ感情が語りかける。例えどこに辿り着くことになろうとも、休むことなく歩き続けろ、と。

・・・0011.29.サントラCD 「新・仁義なき戦い。そしてその映画音楽」   

岩井俊二様

お元気ですか。
お元気ですか、ってLove Letterの博子のセリフでしたね。
先日、中山美穂さんと再びお仕事することができ、とても懐かしい思いをしました。
岩井さんのこともたくさん話しました。
Love Letterは僕にとって、とても大切な映画です。
そして、彼女にとってもそうでした。
今だにしまっておけずに、眺めてしまう宝石のように、Love Letterのことを語り合いました。
本当の自分に起った事なのか、岩井さんがくれたキャラクターがしたことなのか、ごちゃまぜになった記憶をひきだすことはとても楽しい時間で、僕等はどこか、映画の博子と秋葉そのままにおしゃべりを続けていたのです。

演じたキャラクターをひきずることはほとんどありません。
けれど岩井さんがくれたキャラクター達はみんな、僕の中にいまだに住みついてる様な気がします。
ルナティックラブのボク、undoのユキオ、Love Letterのアキバ・・・。
思い出そうとしても、撮影中の記憶にリアリティはなく、スクリーンの中にいつのまにか僕が存在していて、たとえようのない充足感と悦びと、出来上がった映画への感動だけが残っていく...
そんな不思議な感覚が、岩井さんとの仕事にはあるのです。
以前、あなたの演出をまるで俳優の背中に羽をつけていくようだ、と表現したことがありました。
昼も夜もこえて続く岩井さんとの現場の中で、僕はいろんな世界を、たくさんの感情を、つきぬけて、たゆたって、飛びまわった気がします。

しばらく御一緒してませんね。久し振りにその手で、僕に羽をつけてくれませんか。
飛びたくてうずうずしている自分を感じています。
お元気ですか。
連絡を待っています。
                    豊川悦司

・・・01.AUTUMN 男優倶楽部VOL.5  

中山美穂を語る事なんてできないけれど、
僕は彼女を愛している。
そして、僕のように彼女を愛している人は
数え切れないほどいる。
彼女を愛している僕達は、
きっと彼女がどんな風に人を愛するのかを知っている。
見た事はなくても、聞いた事がなくても、
彼女がどれほど人を愛しているのかを知っている。
その歌声に、その眼差しに、
その感情に、その書き連ねる言葉に、
彼女が愛に殉じている証が
ちりばめられていることを知っている。
正直に自分を愛し、他人を愛し、
その苦しみを隠す事もなく
ただ真直ぐに歩いていく彼女を、僕達は追っていく。
その道程がもたらす喜びの大きさこそ、
中山美穂の魅力なのであり、表現力である。
きっと彼女は見返りを求める事なく
僕達を愛してくれていて、
だからこそ僕達は彼女を愛し続けているのだ。

魂・文 豊川悦司

02.1. BSザテレビジョン vol.6